Oct 31, 2012

北風と太陽:どこまで太陽でいられるか

お気に入りのフレームワークというか逸話のひとつは北風と太陽である。「リーダーシップ再考」で書いたように、昔鬼キャプテンだった自分は圧倒的に北風だったが、アメリカの大学で課外活動をするにあたっては、太陽しか通用しないという原則を信じて、どこまで太陽でいられるかを試している。

北風政策の前提
北風はすごい簡単である。品質における期待値を設定したり〆切を決めた後で、守らないケースにおいてお尻を叩いたり、強制したりすることである。
  • 「〆切昨日だけど、早くやれよ」
  • 「一度決めたからちゃんとやれよ」
  • 「そんな品質でいいと思っているのか (ひどすぎる、やり直せ)」
といった言い回しは北風政策の典型。いくら前向きにコミュニケーションしても北風は北風。北風が機能する前提は、北風役の人間に信用や権威が備わっており、聞き手側がこの人の言うことは聞くべきであると考えているときである。日本の伝統的大企業はこれが当てはまる場合が多く、「北風だけでなく、たまに効果的に太陽を入れよ」というように北風と太陽の話を解釈している。上司は部下に対して、品質管理を徹底したりフィードバックをしたりする存在であるため、この考え方は合理的な気がする。

北風が効くケースは意外に少ない
一方、日常生活は全く逆。例えば地域のコミュニティを動かしたいとき、友人と一緒に何かを始めたいとき、クラブ活動を活発化するとき、そこには上下関係もなく、北風政策が働く前提はない。例えば、MITのEnergy Clubのカンファレンスの仕事を5人くらいで進めるときに、自分は最初仕事の進み具合の遅さにいらいらして、ビジネス論理を当てはめようとして、一度だけ北風政策を取ってしまった。「今週までにこれやんないとまずいよ、Aさんこれして、Bさんあれやり直し…」結果スルー、しばらく何を持ち出してもレスが気まずい感じになった。何様なんだという話である。

ある日、気持ちを敢えて逆にして、全部褒めて、自分から動いた上でお願いをするようになるとするとすごい反応が良くなった。アメリカ人の友人に相談すると、日本と違って?、アメリカでは仕事でもリーダーが太陽でいることを尊重するケースが多い様子。特に単純作業の職場でなく知的労働系の職場であると、フラットにお互いを尊重して働くスタイルであり、太陽でいることが一つ重要な資質であるという。

フラットな場所でリードするときに太陽が効果的に作用するのは、
「別にあなたの言う通りしたいなんて思ってないし、好きな通りにしたいのが基本。ただ、皆の為になるような何かを積極的にやってくれたりすると手伝ってもいいかなって気がするし、あなたのためでなく何か別の大きな目標に向かって貢献できる感じがしていいよね。」
という考えが多くの人の心の中に存在するからではないか。無論、二つ目の協調部分を逆手にとって、「やりたくないけど、あなたにお願いされたらね」という部分を活用する手もある。確かに、上の考えは仕事を面白くしたり、何か新しいアイデアを思いついて自分から始めることで周りの協力を得ようとする活動であり、そうしたことが難しい場合には人間力勝負しかないのも事実。

どこまで太陽でいられるか:さて、今後よりフラットな組織で働こうとしている自分にとって、どこまで太陽でいられるかが重要なテーマ。